さくさべ坂通り診療所 がんのホームドクター

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♯05 プログラムのこと

≪プログラムのこと≫

 患者さんが、会場に聴きに来てくださる毎月一回の「小さな音楽会」では、予め伺っていた患者さんのリクエスト曲を中心に、その時の季節の曲や、流行りの曲を私が選曲してプログラムを作り、毎回9曲くらいになります。その他、その場で頂くリクエスト曲を数曲、そして、曲の合間に曲の説明やお話を交えて1 時間ちょっとのコンサートになります。患者さんがお疲れにならない程の時間です。

〈どんな曲を選ぶのか〉
「小さな音楽会」を始めて間もない頃、ある患者さんから、昭和のヒット歌謡曲で、「アカシアの雨に打たれて」という曲のリクエストを頂いたことがあります。私は、その歌詞の....アカシアの雨に打たれて~このまま死んでしまいたい...という曲を弾くことに、とても抵抗があり、ためらいを感じました。このような歌詞で大丈夫なのだろうかと。障りのない歌詞、明るい曲調の曲がの方が良いのでは、と考えていたのは、私の勝手な考えでした。
大正から昭和の戦時中の歌は、歌詞も曲もとても抒情的で、短調で物悲しく感じられる曲が多いのですが、その様な曲で、大丈夫かしら.....と思わないことは、ありませんでした。

 カタルシスという言葉があります。「頑張って!」と励ますより、静かに話を聞いて患者さんに寄り添うことで、カタルシスが生まれます。その方の好きな曲や思い出深い曲の中には、その方のお元気な姿があるのです。音楽とともに時間を超えたその場所は、懐かしさで一杯になり、患者さんの心に蘇って来るのです。
その時限りに患者さんを応援し、励ます様な音楽会ではなく、患者さんに寄り添って、いつまでも良い時間だったと思って頂ける音楽会になればこんなに嬉しいことはありません。

 私が、このボランティアを始めた当時、大変話題になっていた「千の風になって」という曲を同診療所で行っているグリーフケアの音楽会で弾かせていただく機会が多くありました。本当に素晴らしい曲です。この曲を患者さんのための「小さな音楽会」でリクエスト曲として頂いても躊躇せず、私なりの表現をさせて頂きました。

〈プログラムの表紙には〉
 初めの頃、プログラムの表紙には、手描きの絵の他に、さくさべ坂通り診療所主催「小さな音楽会」第◯回と回数を書いていました。私には、それは当然のことでした。。「ああ、もうこんなに回数を重ねたんだ...」なんて、ある意味自己満足の瞬間だったかもしれません。しかも格好をつけてローマ数字で記していました。私のピアノ教室の発表会のプログラムでは、そのようにしていましたから。
ところが音楽会の回数が重なって、ローマ数字が、もういくつだかよくわからなくなってきた頃、プログラムに向かっていて、ハッとしたのです。回数を書いてきたことに何の意味があったのだろうか.....と。

 ピアノの発表会なら回数を書くことで、その教室の歴史と、毎年毎年の生徒さんの成長が刻まれます。でも、このさくさべで行っている患者さんにとって、一度きりかもしれない「小さな音楽会」に、誰の何のための回数がいるのでしょうか。その日その時間が、奇跡的な瞬間なのですから。その方にとって、最初で最後の第一回でしかないのです。そんなこともわからずに、「小さな音楽会」が何回目になったのか、プログラムは何枚になったのかと回数を記していました。ハッと気付いたその時まで、第◯回と書いてきたことを大変後悔したのでした。その一方で、この「小さな音楽会」に出掛けることに希望を持ってくださり、何回も頑張っておいで頂いた患者さんのご家族から、ご本人が一回一回のプログラムを大切にファイルしていてくださっていたことを後でお聞きし、大変嬉しく感謝の気持ちで一杯になりました。

〈何より手描き〉
 私は、プログラムをパソコンで、素敵な字体を選んで作っていました。ある時、選曲に時間がかかり、パソコンで書く時間がなくなってしまったことがあり、残念ながら下手な字で書いたプログラムをお持ちした時のことです。患者さんのお一人から、「福島さん、やっぱりプログラムはパソコンより手書きがいいねえ!」との声がかかりました。「えっ?」この言葉は、また私をハッとさせたのです。私が選んだ素敵な字体ではなくても、上手な字でなくても、人の手で書いたプログラムを届けることが大切なのだと。心がそこにあることが大事なのです。"「CDから流れる音楽でなく、人の手で弾かれるピアノがいいね」と言われたことがありました" と、前に書きました。健康な私たちが、便利な機械に頼り、速さや美しさを簡単に求めることに慣れてしまって普通にしている事を、患者さんは、とても丁寧に感じて気付いています。

それからは、プログラムの表紙には、これまで通り丁寧に絵を描き、色を塗り手書きの文字で書きました。そしてリクエスト曲に対しては、何も迷うことなく、心を込めて患者さんの心に届くようにと願ってお持ちするようになりました。もちろんこれからもずっと大切な一回一回の音楽会のために。

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